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私がヒモ・ニートから、1日5分で3万円を稼ぐようになるまで 私が株取引を始めたのは、2004年の1月、いまから6年ほど前のことです。当時勤めていた会社は、零細な編集プロダクション、社員は社長も含めてわずか5人という極小企業です。主にパソコン関係のマニュアル書籍の制作を行っていました。 当時は出版不況のまっただなか、会社が制作する書籍も徐々に売れ行きが鈍り、ボーナスも出なくなる有様。さすがに人生の先行きに不安を抱き始めたちょうどそのとき、インターネットで株の取引ができることを知りました。 今では当たり前になったオンライントレードですが、当時は今ほど盛んではありませんでした。しかし、株の取引は証券会社を通じて行うものとばかり思っていた私には、大きな衝撃でした。 また実際に1,000万円だの、2億円だのと儲かった人の体験談を雑誌で読むにつれ、これだ!と思いました。 さっそく四季報を買い、財務の本を買って、日夜銘柄研究。それと一緒に、「デイトレで1億円!」「1日5万円儲ける○○式必勝法」「株で2億円稼いだ私の取引」などなど、何冊ものマニュアル本を買い込みました。 読みふけるにつれ、頭の中は「儲かったらマンション現金で買って、海外旅行して、まあ奥さんにもブランドバッグでも買ってやるか、ふふふ」のような妄想で一杯です。 どうですか、あなたにも覚えがありませんか? ほどなくして会社をやめ、トレードを開始。元手は200万円。何年もかけて安い給料やボーナスをこつこつと貯めた資金です。 勢い込んで始めた株。しかしあっという間に100万近くを失いました。マンションやバッグどころか、生活費も稼げません。それどころか、何年もかかって貯めた大事な大事な貯金を失くしてしまったのです。 ショックでした。みじめでした。どうやって生活していたのかって? 失業保険があるうちはまだまし、失業保険が切れた後は、妻におんぶにだっこです。妻はホームページ制作の仕事をしており、何とか夫婦が暮らせるだけの収入は稼いでくれました。 私は、炊事、洗濯、掃除など家事全般をこなすことで、妻の冷たい視線や説教から逃れておりました。専業主婦といえば聞こえはいいが、まあヒモ・ニートですね。当時私は結婚7年目。子供はいませんが、よく離婚されなかったものです。 「もう、株なんてやめよう、真面目に働こう」 そう思って、就職活動。しかし不況下では、30過ぎの男にはなかなか仕事がありません。とりあえずはコンビニのバイトで日銭を稼ぐありさまでした。そうこうするうちに、仕事も決まらないあせりから、一度は足を洗ったはずの株に、また手を出し始めました さすがに大損はしなくなったものの、勝ったり負けたりの繰り返し。じりじりと貯金は減っていきます。だんだん鬱になってきました。何を食べてもおいしくないし、何をしても楽しくない。妻との仲も冷めてきました。 そんなある日、そうある日。そのときのことは今でもよく覚えています。 それは、過去の取引をだらだらと見直していたときのことです。勝ったときには、何故か同じようなパターンがあることに気付きました。そっくりといってもいいくらいです。 このときの私の気持ち、分かっていただけますでしょうか? いくらでも金が出てくる打ち出の小づち、魔法の杖を見つけたような気分でした。しかも、これだけ確実な法則なのに、なぜかどの本にも雑誌にも、載っていなかったのです。不思議ですね? はい、今でも不思議です。 この法則に気付いてから取引を行うようになった結果、収支は安定しだし、コンスタンスに1日3万円程度は稼げるようになりました。一度は、50万円を割りかけた貯金も息を吹き返し、ほどなく200万円を奪還、その後も順調に増え続けております。 そしてハイパーへ ものぐさデイトレ必勝法を開発してからは、利益を順調に増やしつつも、常に何か新しい法則はないかと探し続けました。欲にはきりがないといいますが、儲けの法則はいくつでも欲しいものですよね(笑)。 しかし不思議なもので、一つ法則を見つけると芋づる式に見つけやすくなるようです。その後、新たに2つほど打ち出の小づちを見つけることができました。 十分な検証を重ねた結果、これも利益を上げられることが分かったので、このたび一般に公開することにいたしました。この新しい法則を取り入れて増補・改訂したものが、ものぐさデイトレ必勝法ハイパーなのです。 | ||
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